松下真希さん インタビュー

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「違うと思ったら、また違う道へ行けばいい」
何度も迷いながら、自分らしい働き方を見つけた社労士・松下真希さん


「このままでいいのかな。」
仕事、結婚、出産、そして資格。
人生の中で何度も迷いながら、そのたびに自分の道を選び直してきた松下真希さん。

現在は、社会保険労務士として企業の労務相談や給与計算、就業規則の作成、ハラスメント相談窓口など、幅広い仕事に携わっています。

その原点にあったのは、社会保険労務士として働くお母さまの存在でした。

会社員時代から、実は「いつか自分で何かを始めてみたい」という思いを漠然と抱いていたという松下さん。ただ、それがどんな分野で、何をすることなのかは、当時はまだ見えていませんでした。

結果として、社会保険労務士として仕事を重ね、今では法人の経営者という立場に。母の存在はもちろん、偶然やタイミングにも後押しされながら、気づけば「起業」というかたちが実現していました。

今回は、資格取得までの葛藤や親子で事務所を営む中での苦労、子どもを授かったことで変わった人生観、そして「迷っている女性へ伝えたいこと」まで、じっくりお話を伺いました。

PROFILE

松下真希(まつした まき)

社会保険労務士

企業の顧問業務を中心に、労務相談、給与計算、社会保険・労働保険手続き、就業規則の作成など、社会保険労務士業務全般に携わる。

近年は、ハラスメントに関する相談や、企業の外部相談窓口としての支援にも力を入れている。
キャリアコンサルタントの資格も持ち、「人の話を聴くこと」を大切にしながら、企業とそこで働く人の双方に寄り添う仕事を続けている。

HP
https://ito-roumu.jp/

Instagram
https://www.instagram.com/itoroumu/

インタビュアー 阪(ばん)ゆかり

魅力開花コーチ

春日井市の女性たちが、自分のサービスや夢に自信を持って一歩踏み出せるようサポートしています。

コロナ禍で歌の仕事を失った経験をきっかけに、話し方・コーチングを学び、「人は想いを聴いてもらうことで輝きを取り戻す」ことを実感。
今はインタビューの力を活かし、まだ形になっていない想いや、本人も気づいていない魅力を引き出しています。

自分のストーリーを言葉にすることで、「私が大切にしてきたことは何か」「これから何をしていきたいのか」が見えてくる。
そんな、自分自身を見つめ直し、これからの可能性に気づく時間を届けることで、一人ひとりの新しい一歩を応援しています。

目次

INTERVIEW

「社労士になる」と決めたきっかけは、母でした

阪:まず、現在のお仕事について教えていただけますか?

真希さん:社会保険労務士の仕事は、かなり幅広いですが、大きく整理すると、「手続」「給与・保険」「規程」「労務相談」「助成金」「年金」「人事・組織支援」あたりが中心です。

私は企業の顧問として、給与計算をしたり、入社・退社・育児休業給付の手続きをしたり、就業規則を作成したり。企業の総務の方に代わって、労務に関するさまざまな仕事をしています。
最近では、ハラスメントに関する相談も増えています。

阪:ハラスメントについては、どのような相談が多いのでしょうか?

真希さん:会社側から「会社としてどんな対策したらいいんだろう」という相談もありますし、従業員さんから「パワハラを受けた」という相談を受けることもあります。

まずは、本当に法律上のハラスメントに該当するのか、実際に何が起きたのかを丁寧にお話を伺うところから始めます。

最近は、企業の外部相談窓口として関わらせていただくこともあります。
社内の人には相談しにくいけれど、外部の人になら話せる。
そういう選択肢があることも大切だと思っています。

「母が何の仕事をしているのか、実はよく知りませんでした」

阪:そもそも、なぜ社労士になろうと思ったのでしょうか?

真希さん:きっかけは、母の存在です。

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母は社会保険労務士として仕事をしていたんですが、私は一緒に暮らしていながら、実はどんな仕事をしているのか詳しく知らなかったんです。

「今日もお客さんのところに行くんだな」と思っているくらいでした。

私自身は一般企業に15年ほど勤めていました。
その後、キャリアコンサルタントの資格を取ったことをきっかけに、「人に関わる仕事がしたい」と思うようになりました。

会社を辞めて、キャリアコンサルタントの仕事をしながら、週の半分くらいは母の事務所で社会保険労務士の仕事を勉強するようになりました。
そこで、キャリアコンサルタントと社会保険労務士は、実はすごくつながる仕事なんだと感じるようになったんです。

「女性が働き続けるには、社労士はすごくいい仕事」

阪:お母さまからも、社労士になることを勧められたんですよね?

真希さん:はい。母から勧められました。母は社労士の仕事は天職だと言ってました。社労士仲間の先生方との勉強会や難しそうな研修を受けていても、とにかく楽しそうでした。

「社労士とキャリアコンサルタントの資格があれば、仕事の幅も広がるし、女性が家庭と仕事を両立する上でもいい仕事だよ」と。

でも、当時はなかなか勉強に身が入らなくて。

試験も受けましたが、すぐには合格できませんでした。
35歳、36歳、37歳……。自分の人生についても、すごく迷っていました。

このまま一人で生きていくのかな。
結婚したいという気持ちもある。
仕事も、このままでいいのかな。

いろんなことに葛藤していた時期でした。富士山に登ったら答えが見つかるかと思って、ご来光を拝みに必死に登りましたが、答えは見つかりませんでした(笑)。

結婚、出産。そして、もう一度「社労士試験」へ

阪:その後、結婚や出産を経験されて、一度勉強から離れたんですよね。

真希さん:そうなんです。

友達の紹介で結婚が決まり、結婚してからは一旦、勉強から離れました。
でも、母の事務所で仕事をすることはどんどん楽しくなっていって、キャリアコンサルタントよりも社労士の仕事の比重が増えていきました。

そして出産。

その後、もう一度勉強を始めました。
空白の期間は7〜8年くらいあったと思います。
2人の子どもを出産した後、必死に勉強しました。

阪:40歳を過ぎてから出産されて、そこから資格試験に挑戦するって、かなり大きな決断ですよね。何が原動力になったのでしょう?

真希さん:やっぱり母の存在は大きかったと思います。

母自身も、ずっと社労士事務所で事務員として働いていて、私が成人してから勉強を始めて、53歳か54歳くらいで社労士試験に合格しているんです。

だから、「母もできたんだから、私も勉強すればなんとかなるんじゃないか」と。
それと、母から言われた言葉も印象に残っています。

「結婚と出産と社労士、どれが一番簡単だと思う?」って。

結婚は相手がいることだから、自分一人の努力ではどうにもならない。
子どもも授かりもの。
でも、社労士試験は自分が勉強すればいい。

「だから社労士が一番簡単だよ」って言われたんです。
無茶苦茶なことを言うな、と思いつつも、その言葉が、すごく心に残りました。

「親子だからこそ、3年間はぶつかりました」

阪:資格を取得されてからは、順風満帆だったのでしょうか?

真希さん:そんなことは全然なくて(笑)。

母と一緒に仕事を始めた最初の3年くらいは、本当に意見が合わなくて。
私もまだ社労士のことを勉強中でしたし、母には母のやり方がある。
私には会社員時代の経験もある。

お互いに「こうした方がいい」という思いがあって、ぶつかることも多かったです。
父が事務所の扉を開けて、何も言わずに閉めていくこともありました(笑)。

「また喧嘩してるな」って。

でも、私自身の知識や経験が増えて、少しずつ事務所に貢献できるようになってきて、ようやく関係も変わっていきました。
今では母も毎日事務所に来ています。
もともとの実家の庭に事務所を建てたので、私の自宅からも5分くらい。

今も一緒に仕事をしています。

「親子だからこそ、まず相手を尊重する」

阪:親子で一緒に仕事をする中で、うまくいく秘訣はありますか?

真希さん:親子で仕事をされている会社さんのお話を聞く機会もありますが、うまくいっているところは、やっぱり創業者である親を尊重しているなと感じます。

以前、ある2代目社長さんがおっしゃっていた言葉が印象に残っています。

「何を言われても、まず話を聞く。前にも聞いた話でも、初めて聞いたように『ふーん』って聞くんです」って。
なるほどなと思いました。

仕事の上では親子であっても、その前に「経営者」として、先に会社を作った人から学ぶ姿勢がある。
そういう関係が、親子経営では大切なのかもしれないと思っています。

「社長さんだから」と構えなくなった

阪:企業の社長さんとお話しする時に、何か意識されていることはありますか?

真希さん:最初の頃は、すごく身構えていました。

「社労士なんだから、何を聞かれても答えなきゃいけない」と思っていたんです。
でも、仕事を始めて10年以上経った頃から、少しずつ変わってきました。

「そんなに構えなくてもいいんじゃないかな」と。
思ったことをお話ししたり、雑談をしたり。
そういう積み重ねの中で、少しずつ信頼関係ができていったんだと思います。

真面目に「社労士としてこうしなければ」と考えすぎていたのが、少し柔らかく接することができるようになった。
それで、以前よりもお互いに話しやすい関係になったように感じます。

「目の前のことを、全力でやりきりたい」

阪:今日お話を聞いていて、仕事だけでなく、子育てにもすごく全力で向き合っていらっしゃると感じました。真希さん自身が大切にしている価値観って何でしょう?

真希さん:言葉にするのは難しいんですが、私はその時、その時を全力でやりきりたいタイプなんだと思います。

仕事でもそうですし、友達との関係でも、頼まれたらもう一回やりたい。
遊びに誘われたら、全力で遊びたい。

子どものことでも、息子が「これがいい」、娘が「こっちがいい」と言ったら、時間がかかっても、それぞれ違うお弁当を作ったり(笑)。

「目の前のことを、自分のできることを全力でやる」。
それは、自分の大切にしていることかもしれません。

子どもが生まれて、「もっと気楽に生きていい」と思えた

阪:そんな真希さんの人生の中で、大きな転機になったものはありますか?

真希さん:私の場合は、出産が大きかったと思います。

待望の子どもを授かり、嬉しさと子育ての責任と今までとは違う何かを感じました。上の子が7か月の時に仕事復帰し、下の子の時は4か月で仕事に戻りました。仕事と育児と社労士の試験勉強と限られた時間の中で、だからこそ、「この子どもたちとの時間を楽しまなきゃ」と思ったんです。

「いいお母さんでいなきゃ」と頑張るというより、自分自身が楽しんでいる姿を子どもに見せたい。
仕事をしていても、「今日こんなことがあったんだよ」と楽しそうに話せるお母さんでいたい。

そう思うようになってから、少しずつ生き方そのものが楽になりました。今振り返ると、こうあるべき、と自分で自分の視野や行動範囲を狭くしていたように思います。

それまでずっと、自分の人生について悩んでいたんですが、子どもが生まれたことで、もっと気楽に、人生をふんわりと歩み、とにかく楽しまなければ!と強く思いました。

「違うと思ったら、また違う道へ行けばいい」

阪:最後に、今、人生や仕事について迷っている女性に伝えたいことはありますか?

真希さん:踏み出すことも大切ですけど、もし踏み出してみて「違うな」と思ったら、また違うところに行けばいいと思います。

社労士の資格を取る時も、周りのみんなが協力してくれていたので、「もう辞めたい」となかなか言えませんでした。

でも、もし辞めたいと言ったとしても、きっとみんなは「そうだよね。じゃあ別の方法を考えよう」と言ってくれたと思うんです。
だから、無理に「これが自分の夢なんだ」と思い込ませなくてもいい。

直感的に「違うな」と思ったら、別の道を探してもいい。
それは挫折でも、失敗でもないと思います。

私自身も、試験を受ける時に「あと1年受からなかったら辞めよう」と、自分の中では期限を決めていました。
やってみて違ったら、また別の道へ行けばいい。

そんなに肩苦しく生きなくてもいいんじゃないかなと思います。

夢を運んでくれる、看板犬

真希さんのお話を聞いていると、仕事だけではなく、人生の節目節目に、さまざまな「ご縁」があったことに気づかされます。

そんな真希さんの人生を語る上で、忘れられない存在がいます。

黒柴の「夢ちゃん」です。

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夢ちゃんが家族に加わってから、子どもを授かり、社労士試験にも合格。
そして、その後の人生でも「いいことが続いている」と真希さんは話します。

今では事務所の看板犬として、訪れる人たちを温かく迎えてくれる存在です。
「夢」という名前の通り、夢を運んできてくれたような存在。

真希さんの柔らかく温かな人柄と、親子で営む事務所の温かな空気を象徴するような、愛される看板犬です。

「頼られる社労士になりたい」

阪:これから、どんなお仕事をしていきたいですか?

真希さん:社労士として、もっと知識を深めていきたいです。

今はAIに聞けば、いろいろなことを調べられる時代になっています。
だからこそ、AIにはできないこと。

私はもともとキャリアコンサルタントとして、人の話を聞く仕事がしたかったという思いがあります。
これからも、人の話を聞きながら、「頼られる社労士」になっていきたいです。

そして、母の事務所を社労士法人にし、母の経営理念を継承したことで、うちで働く女性社員の方も仕事と家庭の両立をしながら柔軟に働いてもらいたいです。

社労士業は専門性が高く、簡単な業務ではありませんが、社員の方のキャリア形成を支援する環境を作っていきたいです。

士業で働く誇りを持って、社員一人ひとりが楽しみながら業務に取り組んでもらうことが事務所として一番嬉しいです。

編集後記

真希さんのお話を聞いていて感じたのは、人生は「一度決めた道を、最後まで歩き続けなければいけないもの」ではないということでした。

会社員として15年。
キャリアコンサルタントの資格取得。
お母さまの事務所での仕事。結婚、出産。
そして、40代での社労士試験への再挑戦。

その一つひとつの間には、迷いや葛藤がありました。

「このままでいいのかな」
「私にできるのかな」

そんな気持ちを抱えながら、それでもその時々で一歩ずつ進んできた真希さん。

特に印象に残ったのは、
「踏み出して違うなと思ったら、また違うところに行けばいい」
という言葉でした。

何かを始める時、私たちはつい「これを成功させなければ」「最後まで続けなければ」と考えてしまいます。

でも、やってみて違ったら、方向を変えてもいい。それは失敗ではなく、自分に合う場所を探すための一歩なのかもしれません。

そして、真希さんの人生には、お母さまをはじめ、家族や周囲の人たちからの応援がありました。
一人で頑張るのではなく、誰かに思いを話してみる。「やってみたい」と口にしてみる。
その先には、思っている以上に「いいんじゃない?」と背中を押してくれる人がいるのかもしれません。

柔らかな雰囲気の中に、しっかりとした芯を持つ真希さん。そして、そんな事務所を温かく見守る看板犬・夢ちゃん。
真希さんのこれからの歩みも、きっとたくさんの「いいご縁」と「夢」を運んでくれるのだろうと思います。

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