
幼い頃の「好き」が、今のハンドメイド作家という生き方につながるまでものづくりが好きだった子ども時代。アパレル業界で働いた会社員時代。結婚・子育てを経て再び出会ったハンドメイド。
そして今、多くの人に愛されるアクセサリー作家として活動する美晴さん。
今回のインタビューでは、現在の活動に至るまでの歩みや、大切にしている想いについて阪さんがお話を伺いました。
PROFILE
水上美晴(みずかみ みはる)
ハンドメイドアクセサリー作家
maison_de_kukuri 共同運営
NPO法人 あいちかすがいっこ代表
幼い頃からものづくりに親しみ、モード学園でファッションを学んだ後、アパレル業界へ就職。営業職、デザイナー職の両方を経験する。
結婚・出産を機に生活が大きく変化し、子どもの園グッズ作りをきっかけにハンドメイド活動を再開。
現在はイベントやマルシェへの出店を中心に活動し、「身につけるだけで気持ちが少し前向きになるアクセサリー」を届けている。
10年近く羽根アクセサリー制作し、制作数3,000個以上になりました!
ハンドメイドアクセサリー作家
https://www.instagram.com/choisir.m.m/
maison_de_kukuri 共同運営
https://www.instagram.com/maison_de_kukuri/
NPO法人 あいちかすがいっこ代表
https://kasugaikosodate.org/
https://www.instagram.com/kasugai_kosodate2/

10年近く羽根アクセサリー制作し、制作数3,000個以上になりました!
インタビュアー 阪ゆかり(ばん ゆかり)
魅力開花コーチ
春日井の女性たちが、自分のサービスや夢に自信を持って一歩踏み出せるようサポートしています。
コロナ禍で歌の仕事を失った経験をきっかけに、話し方・コーチングを学び、「人は想いを聴いてもらうことで輝きを取り戻す」ことを実感。今はインタビューの力を活かし、まだ形にならないあなたの想いを引き出し、魅力をプロデュースしています。
「話すと、新しいことができそう!」そう感じてもらえる存在として、あなたの背中を押します。
INTERVIEW
「作ること」が好きだった原点
阪:まず最初にお聞きしたいのですが、美晴さんはいつ頃からものづくりが好きだったのでしょうか?
美晴さん:振り返ってみると、本当に小さい頃からだったと思います。小学生の頃は手芸部がとても人気で、入るためにじゃんけんをしなければいけないくらいでした。
そのじゃんけんに勝って手芸部へ入り、フェルトやビーズ、小物づくりなど、本当に夢中になっていました。
家でも何かを作ることが好きでしたし、「完成するまで集中して作る」という時間がすごく楽しかったんです。
今思えば、その頃から「作ること」そのものが好きだったんですね。
母の背中が、ものづくりへの憧れになった
阪:ご家庭の影響もあったのでしょうか?
美晴さん:そうですね。母は洋裁の内職をしていて、工業用ミシンやロックミシンを使って仕事をしていました。
子どもの頃は危ないから触らせてもらえませんでしたが、その姿を見るのが好きだったんです。ロックミシンが勢いよく動く音や、布がどんどん形になっていく様子が、本当にかっこよく見えていました。
小学校で家庭科が始まり、自分でミシンを使えるようになったときは本当に嬉しかったですね。
「作るって楽しい。」
そんな気持ちが少しずつ育っていった気がします。
「上手だね」の一言が自信になった
阪:作ったものは誰かにプレゼントすることも多かったんですか?
美晴さん:そうですね。母の日のプレゼントや妹への贈り物なども作っていました。
そして一番嬉しかったのは、周りの人が「上手にできたね。」と言ってくれたこと。
本当に上手だったかどうかは分かりません(笑)。
でも、その言葉が嬉しくて、「もっと作りたい」と思えるようになりました。
子どもの頃にもらった一言って、大人になっても心に残っているものなんですね。
ファッションの世界に夢中になった学生時代
阪:学生時代はどんなことに興味がありましたか?
美晴さん:中学生くらいから古着が大好きでした。
母の服を着たり、友達のおばあちゃんの洋服を譲ってもらったり(笑)。
高校生になると名古屋の大須へ行くようになって、古着屋さんを巡ることが楽しみになりました。
「ファッションって面白い。」
そう思うようになって、モード学園へ進学しました。
服だけではなく、インテリアや空間デザイン、色彩など、デザイン全般を学べたことは今にもつながっています。
アパレル業界で学んだこと
阪:卒業後はアパレル会社へ就職されたんですよね。
美晴さん:はい。最初は営業として働きました。展示会でお客様へ提案したり、お店の方とお話ししたり。人と接することが好きだったので、とても楽しかったですね。
その後、希望していたデザイナー職へ異動することができました。
でも現実は想像していたものとは少し違いました。
当時は「見て覚える」が当たり前。
誰かが丁寧に教えてくれるわけではなく、毎日遅くまで仕事をして、必死についていく日々でした。
肌も荒れてしまい、大好きだった洋服にも気持ちが向かなくなっていきました。
「好きなことを仕事にしたはずなのに、何か違う。」
そんな葛藤もありました。
子育てをきっかけに、もう一度ものづくりへ
阪:そこから現在の活動へは、どのようにつながっていくのでしょうか?
美晴さん:結婚して子どもが生まれ、生活が大きく変わりました。
幼稚園へ通うようになって少し時間ができると、園グッズやリボン、小物などを作るようになりました。
娘がリボンが大好きだったので、いろいろな色やデザインを考えながら作る時間が本当に楽しかったんです。
すると周りのお母さんたちから「作ってほしい。」「この色でもできる?」と声を掛けてもらえるようになりました。
自分では当たり前に作っていたものを喜んでもらえることが、とても嬉しかったですね。
初めて「販売する」という経験
阪:販売はどのように始まったのでしょうか?
美晴さん:幼稚園の作品展で、保護者も作品を展示・販売できる機会がありました。そこへ出してみたのが最初です。
実際に作品を手に取ってもらい、「かわいい」と言っていただいたり、オーダーをいただいたり。
その経験が本当に嬉しくて、「もっと作りたい」という気持ちが強くなりました。
作品を通して人とつながれる喜びを初めて感じた瞬間だったと思います。
仲間との出会いが世界を広げてくれた
阪:今はお二人で活動されていますね。
美晴さん:はい。イベントへ一緒に出店できる仲間を探していたときに彼女と出会いました。
作風は全然違います。でも私は、その違いが良かったんです。
「一つのお店」として見たときに、お客様に楽しんでもらえると思ったからです。
人によっては「作風が違うと一緒にやれない」と考える方もいますが、私たちは真逆でした。
違うからこそ、お互いを補い合える関係になれました。

お互いの得意を認め合う
阪:長く一緒に活動できている理由は何でしょう?
美晴さん:相方は接客が本当に上手なんです。私は作ることが好き。
イベントでは自然と役割が分かれています。
終わった後には必ず反省会をして、「今日はここが良かったね。」「次はこうしてみよう。」と話します。
相手の良いところを認め合えるから、長く続けられているんだと思います。

「褒めること」は、自分が褒められた経験から
阪:今日お話を伺っていて感じたのは、美晴さんは自然と人の良いところを見つけて伝えていますよね。
美晴さん:そうかもしれません。子どもの頃、私自身が褒めてもらえて嬉しかった経験があるからだと思います。
だから今度は、自分が誰かを褒めたい。
「すごいね。」「素敵だね。」
その一言で、その人が前向きになれることもありますよね。
編集後記
美晴さんのお話を通して感じたのは、「好き」という気持ちは、人生の節目ごとに形を変えながらも、ずっと自分の中に残り続けるということでした。
幼い頃に夢中になったものづくりは、アパレル業界での経験を経て、子育てをきっかけに再び花開き、今では多くの人に喜ばれる作品へとつながっています。
そして、その歩みの中には、家族や仲間、周囲からの「素敵だね」「上手だね」という言葉がありました。
誰かの一言が自信になり、その自信が次の挑戦を生み出す。
美晴さんのストーリーは、何かを始めたいと思っている人の背中を、そっと押してくれるような温かさがありました。

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